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ゴルフは自らが審判である意味|一目置かれるゴルファーのための講座

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TRACKMANで弾道測定してきた

こんにちは。ロマンチック派ゴルフ作家の篠原です。


篠原 嗣典

篠原 嗣典

ロマンチック派ゴルフ作家。中学でゴルフデビューして約40年。ゴルフの歴史、用具、コースなどの知識を駆使して、ゴルフの楽しさを紹介します。



幼い頃、あるビールのテレビコマーシャルで名優の三船敏郎が、ただビールを美味しそうに飲むというものがありました。『男は黙って○○○ビール』という有名なコピーのコマーシャルです。このコマーシャルでは、文字でコピーが映し出されるだけで、音声は一切入っていません。


子供心に商品名を連呼するのとは真逆の静寂なる迫力を感じ取って印象的でした。文字が読める年齢ではなかったので、家族が「男は黙って○○○ビール」と口にするのを聞いて、そういうことなんだと訳もわかないまま記憶に刻んでいました。


それから少し時間が経って、中学生になってコースデビューしたときに、ゴルフの第一印象は『静寂』でした。

それまでに経験があった少年野球やバレーボールにしても、練習中も試合も「声を出せ!」というのがセオリーで、極端にいえば、騒ぎながら実力を出すことが求められたのに、音は邪魔になるというマナーは特別な世界がそこにあることを自然に教えてくれたような気がします。


そのときに頭に浮かんだ言葉が「男は黙って……」だったのです。静寂の美学は、大人の世界への登竜門だと思って、興奮しました。



ゴルフは自らが審判である

少年の視線に限らず、大人にとってもゴルフは特別な世界です。

他のスポーツや競技では考えられない特殊なことがいくつもありますが、代表的なものは『自らが審判である』ということが挙げられます。


ゴルフを続けている内に当たり前になって麻痺しているゴルファーもいますが、『プレーヤー=審判』という特殊さこそがゴルフの精神の根幹であり、ゴルフの最大の面白さでもあるのです。


ゴルフ史を溯ってみると、ゴルフは14世紀頃には現在に繋がる形式で競技は行われていたようです。マッチプレーでホールごとの勝ち負けのゲームとしてゴルフは育っていきます。マッチプレーでは目の前に相手がいるので、複雑なルールは必要なかったのです。互いが納得すれば成立するという紳士的な解決方法は、現在でもマッチプレーのゴルフルールの中に部分的に残っています。



マッチプレーのゴルフルール

たくさんのゴルファーがゴルフコースに集まるようになってきた18世紀になって、対戦形式だけではなく、多くのゴルファーが一斉にゲームができるストロークプレーで勝敗を決めなければならないという現実問題が発生しました。先人ゴルファーたちは頭を悩ませました。現存する最古のゴルフルールが作られたのは、1744年です。

これをきっかけに、ゴルフは現在の形に急速に形成されていきます。


それまでは、貴族やほんの一握りの特別な人たちだけのゲームだったゴルフは、誕生してから初めて誰でもできるゲームへの進化を求められました。


列に並ぶようにして同じゴルフコースを共有して使用するゲームの性質が、ルールの整備と同時にエチケットとマナーという副産物をセットにして育てたというわけです。


貴族たちにとって、本音を隠して気高く振る舞うことは絶対的な美学でした。自己中心的な振る舞いは恥であり、恥はなによりも敬遠されるものでした。後ろ指を指されるような振る舞いをしない、という不文律が、審判などいなくとも不正をする者はいない、という考え方になっていったのです。



ルールブック

13条で始まったゴルフルールは、現在、34項目まで増えています。

ゴルファーは審判でもあるので、ルールを把握していることが求められますが、ルールブックを見たことがないというゴルファーが大半なのは悲しいことです。


強いて書きましょう。覚える必要はないのです。ルールブックを携帯して、必要に応じて確認すれば十分です。


マニアックにルールを徹底して覚えているゴルファーもいます。ゴルフルールが好きで、勉強しているゴルファーもいます。どちらも趣味の楽しみ方として否定はしません。


トーナメント規模の競技になれば、ルーラーと呼ばれるルール担当の競技委員が配置されます。誰でもなれるわけではなく資格が必要なので、大量なルーラーが必要な東京オリンピックに合わせて資格を取るために頑張っている人たちもいます。



ゴルフ競技委員

勘違いに注意したいのは、ゴルフは『自らが審判である』ということです。

適当な知識で間違ったアドバイスをすることは論外で、ゴルファーとしての資質の問題です。

逆に知識を振りかざして、求められてもいないのに他者の審判になろうとするのも恥ずかしいことなのです。


ルール上、間違った処置をしようとしている同伴競技者にさり気なく正しい処置を教えてあげるという程度がカッコイイゴルファーのギリギリだと思います。


ゴルフの神様は残酷です。自らが審判であることを放棄している者には次々に恥をかくようなトラブルを起こします。

ルールブックは文庫本サイズで、キャディーバッグに入れても邪魔にはなりません。コツさえわかれば辞書のように誰でも使えますし、基本のルールは冒頭に簡易ガイドとして載っているのです。


自らが審判であるゴルフを楽しまないのはもったいないです。ゴルフ規則は年末になると翌年のものが売り出されますが、毎年新しくしなくとも、オリンピック開催年の4年ごとに買い替えるのもありだと思います。



尊敬されるゴルファー

尊敬されるゴルファーは例外なく、さり気なくルールブックを使っています。ルールブックが使えるゴルファーにとって、そんな簡単なこともできない人たちは滑稽に見えます。仮にどんな凄いスコアでプレーしても、ゴルファーとしての基本ができない悲壮感すら感じてしまうのです。


僕はそういうシーンを見るたびに『男は黙って○○○ビール』を思いだしています。老若男女に関わらず、カッコイイゴルファーは言葉を飲み込んで、立ち振る舞いでゴルフの精神を見せるからです。


審判である証しとして、ルールブックを携帯しましょう。それはお守りとしても機能するのです。



この記事を書いたライター

篠原 嗣典

篠原 嗣典

ロマンチック派ゴルフ作家。中学でゴルフデビューして約40年。ゴルフの歴史、用具、コースなどの知識を駆使して、ゴルフの楽しさを紹介します。

http://blog.goo.ne.jp/golfplanet
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  • ゴルフの主治医|倶楽部ゴルフジョイ
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